樹木希林と向田邦子作品が母とぼくをつないでくれた。
【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第二十六回
■やがて母の本棚に『父の詫び状』が。
しかし数ヶ月後、ぼくが実家に帰省したときのこと。母の本棚のラインアップに驚いた。向田邦子の本が、4、5冊、並んでいたのである。
「え、この本、どうしたの?」
「ああ、二郎がおもしろいって言うから、順番に読んでみたんだて。エッセイもあるし、小説もあるし、たくさん出てるんだねえ」
本好きの人は油断ならない。息子の本棚でちょっと見かけた作家の名前を覚えていて、試しに1冊読んでみる。気に入ったら、次々に本を買ってきて読み漁る。
こうして、ほんの数ヶ月で母の向田邦子蔵書は、ぼくを軽く上回った。
「二郎が教えてくれたこの本が一番おもしろかった」と、指し示したのは『父の詫び状』だった。
いやいや、ぼくが教えてあげたわけじゃなくて、あなたが勝手に見つけただけです、と思ったけど、それはまあいい。
母と向田邦子さんは世代が近いので、子供の頃の思い出ばなしに重なるところが多く、エッセイで描かれる寡黙で無器用な父親の姿にも共感する部分があったようだった。
息子には何も言わないまま、こんなにたくさん読んでいたなんて。そう思いながら、こそばゆいような嬉しさがあったのも事実だ。
ぼくの好きな本を、母が好きになる。親の趣味嗜好に自分が影響を与えたのは、おそらくこれが初めてだったのではないだろうか。友達にレコードを貸してあげたら、友達がそれを気に入り、ファンになってくれた。そんな種類の喜びを、親子の間で共有できた貴重な経験。つないでくれたのは向田邦子さんの本だった。